専門医による漢方の基本
こんにちは、院長の室賀です。なぜ私が漢方を得意としているかをまずお伝えしたいと思います。私は祖父の代から続く漢方医の家に生まれ、生まれる前から?生薬の匂いの中で育ち、内科医になってからは当たり前のように漢方治療も行うようになりました。当院には漢方治療を希望してこられる方も多く、風邪などの症状に対して、漢方をうまく使うと早く良くなることがあります。でも、まだまだ 「えっ、漢方?」という方も多いので、漢方がどのようなものか皆様にご理解いただきたく、このシリーズを始めました。お時間のあるときにご一読ください。
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1. 漢方とはどのような医学ですか
2. 漢方薬はどのような薬ですか?
3. どのような診察をするのですか?
4. 保険は効きますか?
5. 漢方は長く飲まないと効かないのですか?
6. エキス剤と煎じ薬の違いはありますか?
7. 副作用はありますか?
8. 漢方が得意な分野と苦手な分野はあります?
9. 漢方薬を飲むタイミングは?
10.子供は飲めますか?
1. 漢方とはどのような医学ですか?
今から2200年以上昔に、中国で体系化された医療です。日本では、奈良時代には中国から伝来していたと思われます。そして長い歴史の中で、日本式の診察方法や治療方法が育まれてきました。昔からの診察方法や治療方法で、植物や鉱物、動物の骨などの生薬を用いた処方で治療します。西洋医学が、病気の原因を臓器別、細胞、遺伝子とどんどんミクロの世界に進んでいきますが、漢方は自覚症状や脈、舌の状態、お腹を触った感触から体全体の乱れを考えて、いわばマクロ的な見方で治療を考えていきます。そのため、漢方では「インフルエンザ」や「不眠症」のように病名で処方が決まるのではなく、体調が悪くなる原因とそれぞれの体の反応を考えて処方しますので、同じ症状の方が同じ処方を用いるとは限りません。逆に一つの処方でも様々な症状に対応できるということです。例えば、有名な「葛根湯」は風邪の代表的処方ですが、肩こりや蕁麻疹、結膜炎などにも使うことがあるのです。
そして、漢方治療は長くかかるイメージがあるかもしれません。でも、それもちょっと違うのです。その人のその時のその症状にフィットした薬に出会えると、驚くほど早く症状が軽減します。例えば、鼻水や咳がぴたりと止まったり、脚の痙攣やつりが楽になったり。漢方はなんとなく馴染みにくいイメージだったかもしれませんが、意外と身近な医療だと思いませんか?
2. 漢方薬はどのような薬ですか?
西洋薬が、有効成分を抽出して製品化しているのに対し、漢方薬は複数の生薬を組み合わせて作られているのが特徴です。生薬には様々な植物由来のものが多数ありますが、中には蝉の抜け殻のような動物性の生薬やマンモスなどの化石・石膏などの鉱物を使うことがあります(なんだか子供の頃に眺めていた図鑑を思い浮かべるかもしれませんね)。漢方薬の処方で有名なものに「葛根湯」がありますが、この中には葛根(クズ)、桂枝(ニッケ・シナモン)、大棗(ナツメ・デーツ)、芍薬、甘草、麻黄という7種類の生薬が入っています。面白いことに各生薬の中の有効成分だけを抽出して組み合わせても、葛根湯と同じ働きにはならないそうです。本来は煎じ薬ですので、混ぜ合わせた生薬をゴトゴト煮出して、温かいうちに飲みます。でも、今はエキス剤が主流ですので、1回分がパッケージされて飲みやすくなっています。エキス剤も白湯で飲むようにした方が効果が出やすいようです。ただし、漢方薬は一つの処方でもその中にはいくつもの生薬が入っているので、複数の漢方薬を同時に飲むときはは、中身の重複に留意しなくてはなりません。西洋医学の感覚で症状ごとに漢方薬を何種類も同時に飲んでしまうと、成分が重なったことで危険な場合もあります。そういう面からも、漢方に精通している医師の元で処方してもらうことをお勧めしています。
3. どのような診察をしますか?
漢方の診察方法は四診と言います。患者さんの様子を見て(視診)、呼吸音や腸の音を参考にし(聞診)、病状などを質問し(問診)、脈やお腹を触って(切診)診断を下します。西洋医学の診断方法と大きな違いはありませんが、その所見の取り方が違います。漢方が成立したのは今から2000年以上昔です。ですから、今のような聴診器はありませんし、尿検査は勿論、採血やレントゲンなどはありませんでした。つまり、人間の五感を使った診察方法が発達したのです。つまり、人間の感覚である視覚、聴覚、嗅覚、触覚を用いて診察します(患者さんの味覚も参考にすることがあります)。
もう少し具体的にお話しします。視診は顔色や体格だけでなく、舌の形態や苔の色や厚さ、歯形がついているか、裏側の静脈の腫れがあるかなどを見ます。聞診は呼吸音、腸の動く音などを、嗅覚は口臭、便臭などを確認します。触診は、まず脈の状態をみます。単に脈拍数や不整脈だけではなく、脈の強弱、触れやすさ、太さなどをみます。また、お腹の張り具合や押したときにどこに違和感や痛みがあるか、皮膚温やカサツキがあるかなど、西洋医学とは異なる所見を集めます。
問診は、まずいつからどのような症状があるかを伺います。その他、食欲や睡眠、便通、排尿状態、冷えやほてり(女性は生理の状態も)、こりや痛み、頭痛やめまいなど、一見いらした病気と関係ないことまで伺います。
これらの情報を元に、東洋医学独自の診断を下して処方を決定します。初めての方は、治してほしい病気と一見関係ないことをいろいろ聞かれた上にお腹を触られると、違和感を感じられるかもしれませんね。この診察方法は日本で発達した漢方の診察方法です。中国式で勉強してきた先生は、脈と舌の診察が主になりますので、担当の先生によって、診察方法が異なることがあります。
4. 保険は効きますか?
基本的に保険適応です。日頃皆さんが使われるエキス製剤は、健康保険で処方することが可能です。煎じ薬も、日常用いる処方は殆どが健康保険で処方が可能です。しかし、処方の種類によっては保険が適応出来ない生薬を用いないと組み立てられない処方もあります。その場合は、その生薬を入れないでお出しするか、代用できる生薬を用います。どうしても必要な生薬の場合は、ご相談させて頂く事もあります。また、ご希望の方には、完全な自費による診療も行わせていただきます。ご相談ください。
5.漢方は長く飲まないと効かないのですか?
そのようなことはありません。風邪や下痢などの急性疾患の場合では、短期間で改善することがあります。一つのエピソードとして「今から舞台に上がるのだが、どうしても咳を止めたい」と出演前に来院した患者様に『麻杏甘石湯』を処方して、乗り切っていただいたことがあります。
感冒(風邪)に対する漢方薬と総合感冒薬の比較では、漢方治療の方が早く軽快する症状も多かったとのデータがあります。少し専門的になりますが、またインフルエンザの時に、オセルタミビル(タミフル)と漢方薬の治療効果を比較した論文もあります。それによると、タミフルより漢方単独治療が早く解熱しています。
一方で、冷え症などの慢性疾患は比較的長く飲んでいただく傾向があります。早い方だと数日で軽快することもありますが、3~4週間が一つの目安と考えています。 もちろん、途中で処方を変えていくこともあります。「いつまで内服すればいいですか?」と質問される方もおられます。症状が良くなったら内服量を減らしてみて、悪かった期間の2/3程度は続けていただくなど、「量のさじ加減」も効果的だと感じています。
6.エキス剤と煎じ薬の違いはありますか?
少しあるようです。有効成分の含有量は、やはり煎じ薬の方が多いというデータもあります。手間はかかりますが、「ここ一番!」は煎じた方が効果を得られると思います。
とは言っても、煎じ薬を続けることはとても難しいですよね。エキス剤を最大限効果的に内服するには、基本的に冷たい水では飲まないで下さい。そのエピソードとしてよくあるのが、「葛根湯を風邪の引き始めに飲んだけどよくならなかった」と来院される方がおられますが、よくお話を伺うと冷水で飲まれた方が多いようです。葛根湯や小青竜湯など、処方名に「湯」がついている処方は、元々煎じ薬の温かいものを飲んでいたので、冷たい水で飲むと効きが悪いのです。特に、風邪を引いて早く効かせたいときや、温める処方を内服するときは、お湯で飲んだ方がいいでしょう。
ただし、出血しているときや吐き気があったり、吐いている時は冷水で内服した方がいいと言われています。
7.副作用はありますか?
「漢方は副作用がないから」と言われる方が時々おられます。しかし、残念ながら漢方薬にも副作用があります。
25年くらい前に話題となった副作用に間質性肺炎があります。間質性肺炎の原因は黄芩(オウゴン)という生薬で、23種類以上のエキス剤に含まれています。また、黄芩の副作用には肝機能障害もあります。
甘草という生薬も副作用があります。甘草はの90種類以上のエキス剤に含まれています。副作用は偽アルドステロン症と言い、血圧上昇、むくみ、低カリウム血症を起こします。むくみは気がつきやすい症状です。低カリウム血症は、不整脈を誘発することがあります。また、利尿剤と併用することでカリウム濃度は更に低下することがあるので、注意が必要です。
最近注目を集めている副作用に、腸間膜静脈硬化症があります。これは、山梔子(サンシシ)はクチナシの実で、これが原因であると考えられています。黄色の着色料としてもよく使われています(おせち料理のきんとんを黄金色にする使い方が広く知られていますね)。山梔子は、黄蓮解毒湯(かゆみや二日酔いの薬)や加味逍遙散(更年期障害などの薬)に含まれ、熱に対する生薬です。この病気は、内服した山梔子の総使用料が5kgを超えると発症することがあると言われています。大腸内視鏡で粘膜が青く見えることがありますので、長期に渡り山梔子含有の処方を内服している時は、検診などで大腸検査を受けてみましょう。
また、附子(トリカブト)で動悸や痺れが出たり、麻黄(マオウ)で動悸、尿閉、胃部不快感がみられることがあります。
この他にも、湿疹などの皮膚症状が出ることがあります。
もし、副作用が出た場合は内服を中止します。内服中止で治癒することもありますが、場合によっては入院していただかなくてはならないこともあります。副作用の早期発見のためにも時々採血などの検査は大切になります。
8.漢方が得意な分野と苦手な分野はあります?
まず、漢方が向かない分野ですが、癌などの悪性腫瘍で手術が必要な場合、急性心筋梗塞や吐血、下血、意識不明やショックを起こしているような状態、大けがをしている場合などです。このような時は、西洋医学の治療を優先するのは当然のことです。
一方、漢方が得意とするのは西洋医学検査を行っても異常がないけれど、体調不良が続く場合、西洋医学の治療薬が飲めない場合、飲むと副作用が出てしまう場合などです。
例えば悪性腫瘍では、西洋医学的治療が優先されるのは当然ですが、その治療の副作用対策や食欲・体力回復など、患者さんの生活のQOLをサポートする治療は西洋医学より得意とするところです。また、西洋医学には、温める処方はありません。冷え症や冷えに伴い悪化する痛み、呼吸器症状、消化器症状などは、漢方の方が有効なことがあります(ここはかなり漢方が得意な分野だと思います)。最近は、「気象病」と呼ばれる低気圧で頭痛が起きる方などにも漢方薬が効くことが報告されていて、私自身、実際に患者様に処方して症状が改善し喜んでいただくことがしばしばあります。
9.飲むタイミングは?
基本的に食前となっています。でも、忘れた場合は食後でも問題ありません。「5)エキス剤と煎じ薬の違いはありますか?」でもお話しましたが、内服する際は、基本的に白湯など、温かいもので飲んで下さい。ただし、「出血している時」「嘔吐している時」は冷水で内服した方が効果的です。めまいや下痢など急に症状が出た場合は、直ぐに内服していただいて構いません。また、インフルエンザの時など、始めは2~3時間毎に集中して内服することもあります。さらに、有効成分によっては食後の方が吸収が良い場合もあります。漢方薬は実に奥の深いものだなぁと思いませんか?
10.子供は飲めますか?
お子さんも内服可能です。成人の半量や1/3量など、かなり減量して内服します。赤ちゃんの場合、頬に少量薬を塗りつける方法もあります。また、飲みにくい時には、市販のゼリーを用いることも可能です。ちなみに我が家の3人の子供たちは、0歳からミルクに混ぜて哺乳瓶で飲ませていました。そのせいかどうかは分かりませんが、なかなか元気な輩になって成人しています。